重要文化財「筑後川昇開橋」

昇開橋の夜景

歴史を深く刻む橋梁

重要文化財「筑後川昇開橋」

筑後川昇開橋(ちくごがわしょうかいきょう)は、日本国有鉄道(国鉄)佐賀線として福岡県大川市と佐賀県佐賀市を結んでいた可動式の"鉄道用橋梁"です。国鉄佐賀線が廃線したことに伴い、現在では遊歩道として一般開放されています。2003年、国の重要文化財に指定され2007年には日本機械学会より機械遺産に認定されました。

筑後川昇開橋のこれまでの歩み

昇開橋周辺の公園筑後若津駅跡地筑後若津駅跡地 看板筑後川昇開橋 国登録文化財記念碑国指定重要文化財 旧筑後川橋梁(筑後川昇開橋)の説明昇開橋稼働時間表

筑後川昇開橋は、国鉄佐賀線の鉄道橋梁として建設され、1935年(昭和10年)5月25日に開業しました。舟運との共存のため橋桁の一部が垂直方向に上下する昇開橋で、日本に現存する昇開橋としては最古のものです。全長507.2m、可動部分の長さは24.2m、昇降差は23mの高さがあり、橋の設計・施行に中心的役割を果たしたのは鉄道技師の釘宮磐氏(当時の鉄道省熊本建設事務所長)、昇開橋の仕組みそのものは当時鉄道省の技師であった坂本種芳氏が考えたものです。現在この「筑後川昇開橋」の構造を解説するための模型が鉄道博物館(埼玉県さいたま市)で展示されており、この模型は1937年にフランス・パリで開催された"パリ万博"にも出展されました。

筑後川昇開橋は筑後川の河口付近に位置し、有明海の潮の干満の影響も大きく受ける地理的条件を持っています。付近には港もあり、建設当時は船が主要交通機関であったために大型船の往来も激しいものでした。これらの理由から干満の影響で船が通れなくなってしまう可能性がある"通常の橋"ではなく、中央部が昇降して船が通れる構造が採用されました。

ところが1987年3月27日、国鉄の民営化を前に佐賀線は廃線。筑後川昇開橋も閉鎖され、筑後川を管理していた当時の建設省から撤去勧告、解体も検討されていました。しかし橋存続を望む地元からの声が強く、1996年(平成8年)に遊歩道として復活、現在では大川市・佐賀市諸富町のシンボルの一つとなりました。また、橋の両端には公園が整備されており、国鉄の橋梁として稼動していた当時の姿のモニュメントや佐賀線に使われていた3灯式信号機、警報機なども保存されています。

昇開橋のご利益について